UNI COFFEE ROASTERY
プロデューサー和左さんが感謝したい人

横浜市 BAR soul on
オーナー 山口郁輔さん

今の自分を創り、お客様との縁を繋げてくれた
ブラックミュージックを「感謝」の想いとともに伝承していきたい

2020年初春、新型コロナウイルスの影響により世界中で暗いニュースばかりが飛び交うなか、自宅待機中の常連客を楽しませたい一心で、お店を休業させ、Facebookライブを活用した無償の音楽配信「おうちでそうるおん」を始めたBar soul on オーナーの山口郁輔さん。先行きの見えない状況下に意気消沈する世間、UNI COFFEE ROASTERY編集部を明るくし、楽しませてくれた「おうちでそうるおん」を始めた経緯を山口さんに伺いました。

自宅にいながらお店の雰囲気を疑似体験できる「おうちでそうるおん」

およそ5,000枚におよぶお店のコレクションのうち、半分は山口さんが集めたもの。多様なニーズとシーンに応えられるよう、JAZZから“歌謡曲”まで幅広いラインナップが揃う

横浜駅西口から徒歩5分、雑居ビルを3階まで登った場所にあるBAR soul onの店内は70年代を中心としたブラックミュージックを楽しむ老若男女のお客様で賑わい、常連、新規の垣根を超えて和やかに会話する姿が。そして、カウンター越しから機知に富んだ会話で、その環の中心にいるのがオーナーの山口郁輔さんです。

今でこそお客様の笑い声が響くBAR soul on ですが、こちらのお店もいわゆるコロナショックの影響を受け、およそ2か月強の期間、一時休業を強いられました。それでも2020年5月25日、神奈川県のコロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言の解除後に、営業を開始したお店に久しぶりに訪れたという常連客の一人は「久しぶりにお店に顔を出したけど、まったく懐かしい感じがしない」と笑います。

常連客に懐かしさを感じさせないと言わせる理由は、現在も継続配信されている「おうちでそうるおん」にあります。このFacebookライブを活用した音楽配信は週1回のペースでお店にある膨大なコレクションの中から紡がれる至極の選曲が楽しめるものですが、支持されている理由のひとつが山口さんと参加する聴取者とのやり取り。常連聴取者のチャットに対して山口さんの軽妙なトークで返すユニークなやり取りに加えて、初聴取者に対しても、山口さんと常連が優しく受け止めて、自然とその環の中に加われる世界観はいわゆる一般的なDJによる音楽配信と大きく異なります。初めての聴取でも気兼ねなく、知らぬ間に常連客と同様に“おうちでそうるおん”の世界観にどっぷりと浸れます。

この手法はまさに、BAR soul on店内での山口さんとお客様のやり取りそのもの。コロナウイルス感染症による規制が強まり、お店を休業して間もなく2020年4月のはじめから開始した「おうちでそうるおん」を聴取していた常連客からすれば“この間もBAR soul onを体感していた”と言えます。

Bar soul onらしくお客様へ感謝の気持を伝えたかった

「おうちでそうるおん」配信中は、参加者をこまめに確認する。時にFacebookのプロフィール欄にまで目を通し、好みの曲を選曲、初聴取者の“アウェー感”を排している

お店のある横浜から、今や全国にファンを持つ「おうちでそうるおん」はどのように生まれたか。そのきっかけは常連客への感謝の気持ちを形にしたいという山口さんの切なる思いからでした。

2020年3月ごろより世界的な拡大をみせた新型コロナウイルス感染症の社会、経済への影響は今さら言わずもがな、特に大きな打撃を受けた業界のひとつが飲食業です。生き残りのため新サービスの開始で利益を確保したり、完全休業で体力温存に奔走する店舗などが多いなか、お店を休業し、収益を考えずに無償で始まった「おうちでそうるおん」というサービスは業界でもかなり思いきった、異質なものと言えます。しかし、そういった比較に対して山口さんは「うちも他のお店とやっていることは本質的に変わらない」と断じます。

「ほとんどの飲食店の方はこの間、『これまで支えてくれたお客様、再開を楽しみにしているお客様へ感謝の気持ちをどう伝えられるか』ということを真摯に考える機会でもあったと思います。お店の味を気に入ってくれているお客様のことを考えればランチ、あるいはデリバリーでこの間を凌いでもらおうとかあると思いますが、ウチのお店の場合、お客様は僕のトーク(笑)と音楽を楽しみにしてくれる。だからこういった還元の形になっただけです」(山口さん)

外出自粛規制などが求められ始めた頃、それでもお店を心配して顔を出してくれる常連の方が跡を絶たなかったというBAR soul on。山口さんは嬉しさと同時に、こんな状況下でもお店を心配してくれる厚意に甘えたままでよいのか、70年代の音楽をリアルタイムで楽しんでいた年配のお客様が万が一にも自分のせいで新型コロナウイルスに感染してしまったらと自問した結果、お店の休業を決断。休業間もなく、代替でお金を稼ぐことよりも前に、どうすればお客様が楽しんでくれるかを考え続け、「お店を大事に考えてくれるお客様が、外出規制中に自宅でもBAR soul onを体感できる」(山口さん)ことが最善策と考え、撮影機器、環境を整えて4月5日から「おうちでそうるおん」の配信を開始したそうです。

「強い芯と柔軟性を兼ね備える竹のような生き方」
という言葉が支えに

目を合わせて話さなくても、来店したお客様の好きな曲をサラッと流すことで「無言の会話」が図れる音楽は、山口さんには欠かせないコミュニケーションツールだという

それこそ採算度外視でお客様を満足させることに全力を注ぐ山口さんですが、一方で先行きの見えない状況下でお店の経営や万が一の失敗などに不安はないのか。その点について山口さんは、人生の要所や難所にさしかかった時、気兼ねなく相談できる10年来の付き合いの『女将』と呼ぶ女性の存在の大きさを挙げます。

「少し前の話になりますが、営業スタイルを模索し、何をすれば良いのか、どうすれば自分なりのスタイルが確立できるのかなどに悩んでいる時に『強い芯を持ちながらしなやかな柔軟性を持つ竹のような存在になれば良い』という言葉をかけてくれました。お客様一人ひとりに合わせていきながら、それでもうちのお店のならではの個性を出していきたいと、ある種矛盾する願望を抱えていた自分にピッタリはまり、物事に対して柔軟に接して、気持ちのまま自由に行動できるようになりましたね」(山口さん)

そしてもう1名、山口さんにとってお手本的な存在といえるのが静岡県・下田市にあるSOUL BAR土佐屋のオーナー斉藤さん。下田に遊びに行く際に、「何となく調べていたらたまたま目に入った」お店ではあったものの、入ったその日からお店の虜に。その後、通い詰めていくなかで自然とオーナーの斎藤さんにインスパイアされていることに気づいたそうです。

「今から2年前に石川町のBAR MOTOWN芦田社長より、BAR soul onを譲り受け、オーナーを引き継いだわけですが、僕はこの業界では若いので、それこそ年配のお客様にも信頼してもらうには“形”が重要と当時は考えていました。そんななかで『ソウルバーとはこうである』といった堅苦しいルールなどは自らに課さず、お客様を楽しませることに最善を尽くす斉藤さんの選曲と接客をみて、本当に自分がやりたい事って斉藤さんみたいな事だって気づかせてもらいました」(山口さん)

コロナの一時収束で『おうちでそうるおん』は終了ではなく、
実はまだ始まったばかり

「おうちでそうるおん」の役目は「BAR soul onというお店の宣伝以上に、全国にあるソウルバーという伝統と文化を広い世代に受け継いでいくこと」と説く山口さん

時に恩師となる2人に支えられながら、この若きオーナーはスタイルやこだわり、固定概念などに縛られず、柔軟な気持ちでお客様とともに世界観を創り出していくことでBAR soul onを唯一無二のお店へと成長させました。そして自分とともにお店を育んでくれたお客様へ「感謝の気持ちを込めて、楽しんでもらうことに最善を尽くす」という思いが「おうちでそうるおん」を生み出す原点となったようです。

この「おうちでそうるおん」ですが、コロナ禍を凌ぐ、外出規制中の自宅での生活を有意義に過ごしてもらうことを目的に始まったわけですが、外出規制の解除を迎えどうなるのか。「常連のお客様向けの配信のはずだったのが、いつの間にかお店がある横浜以外のエリアに住む全国のブラックミュージックファンの方にも聴取していただくようになりました。しかも、こちらがお客様への感謝の気持ちを伝えるための配信だったはずなのに、当初はまったく予定していなかった投げ銭という形で応援されることになり、つくづくお客様に恵まれているな、と身に染みました。なので、簡単に辞められないなと(笑)」(山口さん)

さらに「おうちでそうるおん」を起点に新しい展開が生まれていることを説明してくれました。「『おうちでそうるおん』の配信を始めて、その中にはいろんな人が参加しているのですが、僕との会話用に用意したチャットのはずが、常連様を中心に、参加者同士が流している曲やアーティストについて仲良く談義しているのですよ。これってまさに、お店でのやり取りそのものだなって」(山口さん)。この様子を見た山口さんはすぐに専用のFacebookページを開設。お店のお客様かどうかという垣根を超えて、ブラックミュージックを愛する人たちが集うサロンとして活用してもらうよう呼びかけました。

「開始当初、常連様に向けて自宅待機の期間を楽しんでもらうことを目的にしていましたが、続けていくなかで、逆に全国の『おうちでそうるおん』のファンに励まされ、応援されるようになりました。そこで、僕と彼らを繋いでくれた音楽、そしてソウルバーという文化そのものに改めて感謝の気持ちが芽生えた」と話す山口さん。規制解除後は感謝の気持ちを込めて、ソウルバーという文化、ブラックミュージックの周知を目的に配信を続けていくのだという。

「ソウルバーってお店の形態が日本発祥だってご存知でした? 海外にあるソウルバーも実は日本のお店を手本にしているものなのです。そんな日本発祥の素晴らしい文化を、そして僕を人間的に成長させてくれて、全国のいろんな人と繋いでくれたソウルバーを僕なりの方法で、僕ら世代なりの手段で伝承していければと思っています。だから、ウチのお店に来てくださいがメインではなくて、もしこの音楽配信を聞いて良いな、面白いなって思ったら地元のソウルバーを見つけて、そこを訪れてほしいな」(山口さん)

始まりは山口さんと常連客を繋ぐ小さな環であったサービスが、その後、共感する全国のファンに支えられる形でソウルバー、ブラックミュージックという文化を伝承していく大きなプロジェクトへと昇華。配信者から伝道者へと進む山口さんの『おうちでそうるおん』はコロナの一時収束により役目を終えてフェードアウトするのではなく、次のフェーズへとフェードインして引き継がれていくようです。

撮影:松村 宇洋
取材:UNI COFFEE ROASTERY編集部